新家 月子の

  つぶやき日記  Ⅱ

 つぶやき日記も回を重ねまして、だらだら長くて読みにくくなってまいりました。ページを変えて、「つぶやき日記 Ⅰ」の続きを呟いてまいります。

2015年4月24日

 本日の関西地方は暑いくらいの陽気です。PM2.5も大いに飛んでいるらしく大陸の空気を感じることができるとはいえ、複雑な気持ちです。

 さて、弟から筍が届きました。

 土の乾かぬ堀りたてです。二人いる弟の上の弟は、誰に似たのかマメな男で、こまめに色々と送ってくれるのが我が家の楽しみ。几帳面な彼らしく、きっちり箱詰めされてきました。

 水煮の筍よりも断然皮付きの筍が美味しい!そして、盛大に皮を剥いて、1/3の大きさになってしまうのも筍。早速、ゆ   

でて今夜は筍と鶏肉と薄揚げの炊込み御飯、筍の甘辛煮にするつもりです。やはり季のものを頂く、という行為には一種の高揚感があります。

 で、完成品の御飯がこちら。


   竹の子に明日の見えることもある   月子

2015年4月17日

 北野に行ってきました。神戸在住でない人にはわかりにくいでしょうか?神戸は六甲山が海に迫るわずかな土地にできた町です。坂の街とも言われます。

 観光客が神戸に来て真っ先に目指すのがこの北野です。たくさんの異人館が残っていて、異国に開かれた神戸の象徴です。そしてこの神戸から移民として、多くの日本人が遠くブラジルやアルゼンチンに旅立ったことをご存じでしょうか?山本通を上り切ったところに「移民交流センター」と名前を変えて当時の施設が残っています。ここで出国前に一週間、身体検査からポルトガル語の習得訓練を受けて神戸港から約50日間の長旅に出たのです。一度訪ねてみませんか?1971年まで移民政策は続きました。見学は無料です。

 坂の途中にリラの花が咲いていました。春を探しながら、ゆっくり坂を上ってください。

    「蒼氓」を生みし船あり樟若葉           月子

2015年2月17日

 今月二回目の更新です。奇跡的!

というのも祝賀会の写真を入手しましたので、出席できなかった皆様にご紹介したいと思いまして。

 さて、背景の金屏風がなんだかおめでたさを醸し出しています。ずらりと並んだ先生方のそうそうたる顔触れに、改めて「円虹、頑張っているなぁ」と思わされます。どの先生も円虹を暖かく見守っていただいている方々です。皆スマイル。前列の中央はもちろん山田佳乃先生です。念のため。

 右の写真は句会風景です。115人が参加しました。当たり前ですが、めでたい句がずらりと並び出席者の祝賀ムードが伝わります。

二十年ゆるがぬ絆木々芽吹く 

          梶本 佳世子

若き師の若き歩みや梅ひらく

          田中 黎子

 中には先の主宰を偲ぶちょっぴり

哀しい句もちらほら。二十年の歩みが思い出される気がしました。

弘子師の姿が欲しき春の宴 

          石川 昌子

早春の天の浮橋渡り来よ

          野村 陽子

 

 祝賀会は、清元節や尺八の演奏があり、大盛況だったそうです。

 日頃、円虹誌の創刊に奮闘し、この会の開催にもきりきり舞いした編集長の万感の思いが句から伝わります。

出航の銅鑼は二月のこの地より

           辻 桂湖

なんだか前途洋洋!また心新たに次の10年前進しようと感慨深いものがあります。

 「良い会だった」とたくさんの方々から連絡いただきました。会の準備に携わった役員の皆様、お疲れ様でした。

   成年を迎へし俳誌暖かし    稲畑 廣太郎

   寒明くる度新たなる決意抱き  山田 佳乃

 

2015年1月18日

昨日は震災20年目でした。

神戸に生まれた「円虹」にとって、震災は切っても切れない関係にあります。まさに20年前の震災が起きる前日に産声を上げたのが「円虹」だからです。

 毎年、近所の震災記念公園にはまだ真っ暗なうちから人々が訪れ、真っ白な菊を献花していきます。

 こんな寒く冷え切った季節に、裸足で、パジャマで外に放り出されてしまった人々の気持ちを思うと、今でもグッと胸をつかまれるような気持ちになります。

 公園の隣にある池に植えられた桜の冬芽が顔を出していました。未来を感じさせる小さく尖った莟に少し救われたような気になりました。

2014年7月28日

 猛暑が続いていますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。大阪はついに38℃を超えました。なぜ、沖縄より暑いのか?ここ数年、こんなぼやきをよく耳にします。そして本日も暑いのでした。

 さて、毎年この時期に素潜り漁をしている人から、箱いっぱいにサザエとアワビが送られてくる。まだ生きているので当日は刺身で、次の日は壺焼きやバター焼きとなる。サザエの身の外し方は意外と簡単で、内側の貝柱を指で外してやるとスルリと殻から出てくれる。なにも金槌で殻を割る必要はない。

 今年のアワビは去年の半分ほどの大きさだ。聞くと温暖化で、海の温度が上がって、サザエやアワビが住めなくなっているそうだ。成長も悪いとか。そこにこの暑さだ。ウナギも食べられなくなりそうだが、アワビもサザエもそうなりそうだ。

 

 

 

2014月6月23日

 6月19日にアカシア会は明石周辺の吟行句会を行いました。と、偉そうに書いていますが、私は欠席です。当日の選句と写真を当コーナーへ寄せてもらったので掲載します。

 当日は快晴で、この景色です。明石大橋も良く見えます。海開きを控え、浜は活気あふれていたようです。

 浜暑し訓練続くレスキュー隊   宮崎 彩

 夏の浜音の割れたるスピーカー  平田 晶子

 お昼は名物明石焼きにビールまで楽しんだらしく、吟行を楽しんだ様子がわかり、うらやましくなります。

 暑い中、精力的にあちこち見て回ったらしい句も見受けられます。

 夏服に風ふくらませ歩しにけり 高橋 純子

 万緑を映す格子戸美しく   谷原 恵理子

 このように、気軽に近くの名所を吟行するのも楽しいものです。

 あまり大げさに考えずに吟行を重ねたいとしみじみ思わされました。

 大橋を吊り上げている五月晴れ 山田 佳乃

 次こそは私も参加したく思いました。

2014年4月22日

 遂に二日目、希望者が朝食の前にバスで奥千本まで行ってみることに。吉野の朝は、これまた冷え込んでいて、誰もがしっかりと上着を着込み集まりました。観光客の姿はまだありませんが、土産物店などがぼちぼち開店準備を始めていたりする7時に出発。奥千本の金峰神社に向かいました。昨日から皆が追い求めている満開の桜を期待していたのですが、奥千本には若い桜の木がひょろひょろと生えているだけで、前日の観光客が教えてくれた通り“桜の海”などは見られませんでした。十年後には立派な桜の山になっているでしょう。ただ、聞いていた通り金峰神社の境内には立派なしだれ桜が一本、盛りを迎えていて、本当に美しい景色でした。

義経隠れ堂
義経隠れ堂

 また、すぐ左手の石段を少しだけ下ると「義経隠れ堂」です。追い詰められた義経はここに隠れたのですが、険しい道をついて来れなかった静御前とは吉水神社(前日お参りしたところ)でお別れをしたといいます。山の深く、険しい中に隠れたのに、兄の頼朝はここまでも追ってきたそうです。小さな建物に悲しい歴史が詰まっているのを感じました。

 

 そして、ここからが本日のクライマックス。朝からまだ食事を取らないうちに本日の山場を迎えてしまった形になったのですが、前日の山道をはるかに凌ぐ行者道が私たちを待っていました。写真を見てください。これはまだまだ平たんな道です。修験者が駆けていたという杉木立の中を延々と上ること20分、更にまた延々と下るのです。鶯の声に歓声を上げていたのは最初だけ。朝から何も食べていないためエネルギー不足で眩暈を覚え、前日酷使した両足は棒のようで小さな石ころ一つ上手く避けることができません。着込んできた上着は邪魔になり、背中に汗は流れ、薄暗い木立の中を各々の苦しげな息遣いだけが響きます。

西行庵
西行庵

 

楽しい会話は皆無。反対から来た土地の人が「すぐそこ」(これがまた遠かった)というのに励まされ、道が果てたところに西行庵は待っていました。緑色に苔をのせた小さな庵は吹きっさらしで、いかにも粗末。華やかな生活を捨てて、西行はここで何を思い、考えたのでしょうか?人を寄せ付けない山の奥で、ぼろぼろになりながらたどり着いた私たちを庵は静かに迎えてくれました。

 

 もちろん戻らねばなりません。同じ道を、同じだけ苦しみバスまで戻りました。

 

 朝食後の句会は、昨夜の満月や朝の西行庵についての句がたくさん出ました。西行庵まで行けた人、辿りつけなかった人、それぞれの思いがありました。

   

 

   径の果て花の果てなる西行庵    三宅 久美子

   西行庵見遺し花の奥吉野      熊岡 俊子

如意輪時
如意輪時

 

 最後に後醍醐天皇の御陵がある如意輪寺へ。ここはしだれ桜のみを植えている寺です。都を離れて寂しく過ごす後醍醐天皇を慰めるためにしだれ桜を植えたことに由来しているようです。まさに満開を迎えていて、旅の最後でようやく満開の桜に出会えたのでした。

 ここで何故か一同そろって“桜アイスクリーム”を賞味。帰路に着いたのでした。 

 

 世界遺産をめぐる旅でもあったわけですが、吟行旅行にぴったりの場所だったと思います。今度は紅葉の時に訪れたいと思います。宮古島の三人様の希望から始まったこの旅、お蔭で我々も吉野へ行くことができました。「宮古にはこんな坂ないからさぁ」とおっしゃっていましたが、また、ご一緒に旅に行きましょう。     

    花の刻とは逃げ易く去り難く    山田 佳乃

 

2014年4月21日

 

 吉野の話第三弾。

 さてさて、吉野の山にも夕闇が迫るころ、まずは句会です。汗して、足で稼いで、いろいろ見てきたはずなのに、筋肉を使えばあまり頭は動かないようで、私の句帳には句がちっとも溜まっていません。何しろ片手に句帳を持って歩くのが、困難な苦行の道が大半でしたから、苦しかったことばかりが思い出されます。焦りでじたばたするたびに体中がギシギシ痛む始末です。ところが皆さんは強者ぞろいとあって、出るわ出るわの力作ばかり。昼間の感動と興奮が蘇る句会となりました。

 

    散る花のなほも吉野をゆたかにす   伊志嶺 亮

    花満ちて合わせ鏡のやうな谿     乾 北星

    花吹雪吉野の情をまのあたり     柴田 和子

 続いてお待ちかねの夕食です。これが本当に豪勢で、珍しい鹿肉、子持ち鮎の甘露煮に吉野葛の葛切。次々に運ばれてくる料理の数々におなか一杯になりました。三人にビール一本、とアルコールが制限されていたのですが、自腹で頼む人も出て賑やかに親交を深めました。

 

 この日は満月だということで、食後は先生と夜桜見物に繰り出すことに。ほろ酔い気分で夜道に繰り出したところ、吉野の町の静けさにもうびっくり。暗くて桜も見えません。昼間、あれだけ居た観光客の姿はいずこに?売店も五時ごろには店じまいするとかで、人っ子一人いない小道をこっちへフラフラ、あっちへフラフラとそぞろ歩いて、下千本の蔵王堂まで。唯一ライトアップされている蔵王堂が幽玄な世界を演出していました。昼間の暖かさが嘘のような冷え込みに空は澄み切り、まるで冬の月のような満月が凛凛と深い山々を照らしている様子は荘厳です。テンションも上がりつい声も大きくなります。まぁ、酔っ払っているのもありますが、感動して皆は口々に賞賛せずにはいられませんでした。先生が何度も「静かに」と言っていたのを思い出すに、正直に申しますと、かなりうるさく騒いでいたという自覚があります。迷惑な一団だったでしょう。吉野の皆様、お休みの所申し訳ありませんでした。

 

夜歩きに満足した後は、就寝。さすがに疲れてぐっすり休みました。

 

   寝惜しみて桜月夜の吉野かな    大石 澄子

   み吉野の花の気息へ寝おちけり   田村 惠津子

 

2014年4月19日

 

さて、前回の続き。

 

残念ながら桜の満開は一週間前だったそうで、我々の頭上には落花が真っ盛り。花びらが下から上に、上から下に、まさに浴びるように降るなかを歩きます。修験者が修業をしたり、源義経が隠れたという吉野山らしく、山登りのようなアップダウンの激しい道が続きます。汗も吹き出し、木立の隙間から見える桜の絨毯を励みに、まだ満開かもしれない上千本を目指します。沿道の売店も途切れ、ただ黙々と前傾姿勢のまま3040分も歩いたところで奥千本から下ってきた人たちに「この先にはしだれ桜があるだけで、桜は無いよ」といわれ遂にダウン。もはやパンパンの足を引きずりながら下山、中千本の宿へ引き上げました。

    み吉野の花に誘はれ皆歩く    松永 和

宿からの絶景
宿からの絶景

中千本から下千本の間は、沿道の両側に売店や宿が続くににぎやかなところです。吉野葛を商う店、筍の天ぷらを売る店、吉野紙の店、どれも魅力的です。そんな中に「宝乃家」という今回のお宿はあります。ここのラウンジが絶景ポイントでした。この日初めての珈琲で一服、桜桜の景色をゆっくり堪能できました。ここで英気を養って再び今度は下千本へ出発です。道は平坦で売店に寄りながらぶらぶら歩きます。もはや闊歩する気力は失せているうえ、桜を見尽くす勢いで見たので当初の興奮状態も落ちついています。

吉水神社の庭園より見る蔵王堂
吉水神社の庭園より見る蔵王堂

 

金峯寺まで来て折り返し、宿の隣にある吉水神社へ。兄に追われた義経が弁慶と静御前と隠れ住み、その約150年後には南北朝時代で、悲劇的な運命を辿った南朝の後醍醐天皇が行宮としたところです。それぞれの遺品が残されています。さらに豊臣秀吉が盛大な花見をおこなった本陣になったということで、庭からは金峯寺を望む絶景を見ることができます。吉野は本当に悲しい哀しい歴史が詰まっています。その場に居て、故人の思いに自分の心を重ねつつ、しんみりと日は暮れました。続く。

 

2014月4月18日

 

行ってきました吉野山。15日、16日と一泊二日で円虹の吉野山吟行旅行があり、参加してきました。九州、四国そしてなんと遠く宮古島からも参加いただいて、まさしく珍道中。

 

 少しづつ日を分けて、旅の様子を紹介したいと思います。

 一日目、私はバスにて参加でしたので朝の八時半に出発です。花冷えの神戸でしたが、元気いっぱいの一同はおしゃべりも弾みます。途中、誌友の北星さんによるにわか「仏像講義」が繰り広げられ、退屈しません。仏像って、実は緻密に計算されて作られているなんて知っていますか?仏様にも格付けがあると知っていますか?そうなんです、勉強になりました。そしてこれが後々、寺院の点在する吉野にて大いに役に立つことも知らず盛大に野次を飛ばしつつバスは吉野に入ります。途中のドライブインで饅頭にソフトクリームを食べながら、ふと外の景色のなかに桜の花びらが混じっていることに気付くのでした。

 

    トンネルの先は花降る深山晴    月子

 

 吉野山に入ると、本当にどこからともなく桜の花びらが漂っていて、期待感が高まります。ところが到着してビックリ、とにかくどこも人でぎゅうぎゅう。バス停も小道も人であふれています。シーズン真っ盛りの吉野山の喧騒に感心しきりでしたが、人口密度の低い宮古島から参加された御三方は、さぞ驚かれたことでしょう。奥千本へ行くルートバスはなんと50分待ちの大行列。

 空は雲一つ無い晴天で、神戸では見られないきれいな青空です。バスに乗らずにまずは目の前の桜本坊へ参拝です。さあ、ここからが大変でした。この続きはまた次回。