ドイツ・ミュンヘン便り

 円虹でもおなじみのドイツ・ミュンヘンの様子を、現地の方々が少しづつ送ってくれています。ここで順次紹介していきます。

「俳句の径」へ秋のハイキング

 

 

 

 

 

 

 

 

俳句の径」へ秋のハイキング

 

 アウグスブルク句会の人たちと「俳句の径」を散策する計画で、どんな所か主人と試しに歩いてみた。ミュンヘンから車で一時間強で保養地のバイヤーソイエンに着く。湖の岸からの7.8キロの径に独語俳句のプレートが貼ってある杭(写真右端)が17本立つ。途中羊、山羊、牛、馬、猫などに出会い、背景の山並や森に心慰められた。

 

日独文化交流の秋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日独文化交流の秋

 

 ニンフェンブルク城で書道、短歌、俳句、絵画などの日独作品展があり、十五夜の夕べに盛大な式典があった。ミュンヘン句会も俳句を5句出品。バロック様式の城は曾てのバイエルン王の夏の離宮で、正面の建物の後ろに運河や大小の池のある広大な敷地が広がる。写真は作品展があった北翼で、夕陽の中和太鼓が鳴りだした。

 

青葉のロマンティック街道


 ロマンティック街道の中世の街並みが青空に映えて印象的だ。写真のディンケルスビュールの「ドイツの家」はフランケン地方で最も美しい木組みの家といわれている。この町は30年戦争の時スェーデン軍に占領され破壊されそうになったが、町の子供たちが軍の隊長に懇願して救われたのを記念して毎年7月に「キンダーツェヒェ」の祭りを祝う。

 

八重桜の並木

 

 

 

 

 

 

 

 

ボンには住民の希望でできた八重桜並木があり、日本人はじめ外国人も訪ねて来るらしい。ミュンヘンにもちょっとした穴場があるが、去年4月下旬には満開の八重桜に雪が降りしきり、例年になく早く咲きだした林檎花は突然の冷えで傷み、林檎園が壊滅的な打撃を受けた。今年は写真のように穏やかな日が続く。

 

春の大雪

 3月半ばに寒波が戻り、特にライプツィヒでは線路のポイントが凍てつき鉄道が7時間ほど全面ストップ。開催中の書籍見本市の訪問客が足を奪われ大混乱した。ミュンヘンでも土手に咲いた節分草が雪を被っている。こちらの節分草 (Eranthis hiemalis) は黒歌鳥の嘴と同じ鮮やかな黄色で、野生の白花はないようだ。(カラー写真を円虹ホームページでご覧ください。)日本の知人との東西野草談義が楽しい。

 

雪のノイシュヴァンシュタイン城

先月バイエルン国王ルートヴィヒ二世に触れたのでそのお城の一つを紹介する。ディズニーの城のモデルになったノイシュヴァンシュタイン城で、佳乃先生も20139月の来独時に見学されたようだ。写真は二月の強風の中、雪を被った崖に張り付く様に見える城をフュッセン近郊より望遠で捉えたもの。メルヘン王の中世騎士道への憧れから設計され、崇拝するワーグナーに捧げられたが、1886年の王の死の際城はまだ完成していなかった。

 

ミュンヘン留学生の森鴎外

 

森鴎外は軍医として1884年ドイツに留学、帰国後翻訳者、小説家として活躍しました。彼の小説『うたかたの記』(1890)では画学生の巨勢が恋する花売り娘マリイにミュンヘンで再会、二人で郊外のシュタルンベルク湖で舟遊び中、マリイの亡き母に恋したルートヴィヒ二世がその面影をマリイに求めて湖に入り溺死…  国王の死の真相は未だに謎です。

 

ミュンヘン大学(LMU)の待降節

1472年にインゴールシュタットに創建された大学(LMU)はランズフートに移転後1826年にミュンヘンに移りました。ノーベル賞受賞者が多く、学生5万人を抱えドイツ第二の規模です。1943年「白バラ抵抗運動」のショル兄妹が写真の美しい吹き抜けで反ナチのビラを撒いて逮捕され、後処刑されたため、聖樹の背後のスペースに1997年記念館が作られました。 

宗教改革500年記念

 マルティン・ルターが15171030日に「95か条の論題」を教会の戸に打ち付けてから500年、ルターが避難したヴァルトブルクでも秋に展示会がありました。ミュンヘンからアイゼナッハまでは車で5時間、そこから急な山道を登ると眼前に大きな城砦が現れます。彼はここでの時間を利用してラテン語からドイツ語への聖書の翻訳を11週間で完成しました。アイゼナッハはバッハの生誕地でもあり、音楽関係博物館では最高と言われるバッハ・ハウスがあります。

 

気象異変とドイツ