誌友の投稿エッセイ拝見

 誌友からの投稿エッセイを掲載しています。投稿順に並べて

あります。

日々の些細なことから、社会のことなど、俳句の枠にとらわれない素敵なエピソードをお待ちしています。

 どうぞ、皆さんも文章を書いてみませんか?

天草への旅             

                                            池末 朱実

 

 

宇土半島に差し掛かると、進行方向右手に有明海が見えてくる。

 

道なりに走ると、天草の一号橋。私は、ココから見る飛岳の景色がお気に入り。

 

天草に行くのは、これが3回目。天草は多くの島々からなり、一号橋から五号橋の、大きな橋で繋がっている。 

 

 

天草四号橋。510.2メートル。 五橋の中で、一番長い橋。 

 

 百の島眺め天草秋の航

 

 小鳥来てをり天草の無人島

 

 赤い橋は、第五番目の橋。 この橋を渡れば、天草上島~下島へ行ける。天草市へ。

 

 天草市には、キリシタンの資料館や、世界遺産候補の教会などがある。 

 

 八月のイルカに会ひに天草へ

 

 露けしやずつと眺めてゐたき海

 

 

今度訪れる時は、去年訪れた場所へも、足を延ばそう。

 

2017.8.25 天草にて

 

 

   うさぎ新年句会

 

                       高橋純子

 

                         (H29.1.6)

 

本日のうさぎ句会は舞子への吟行会でした。

 

まずは舞子駅を降り東へすこし行ったところにある旧木下家住宅を訪れました。

 

数寄屋造りの趣のある和風住宅でした。

 

南に続く白砂青松の舞子公園を抜け、舞子海上プロムナードへと向かいました。

 

ガラス張りの遥か下に海を眺めつつ橋の高さにどきどきしながらしばらく渡るのです。

 

地上へ降り立ち移情閣へと歩を延ばします。

 

孫文を学びながら六角堂の窓から六甲山、瀬戸内海、淡路島を存分に眺められます。

 

移情閣を出た辺りは多くの人が釣りを楽しんでいました。

 

海に沿って行くと旧武藤山治邸があり、明治の実業家の生活が偲ばれました。

 

二時間弱の吟行の後、会場となるホテルセトレに着きました。

 

大橋を望む個室で一時間の句会の後、パスタフルコースの豪華な新年会を楽しみました。

 

 

 

  大橋の空よりこぼれ初雀      山田佳乃先生

 

  さざ波のきらめき寒の瀬戸の海   長谷川通子

 

小鯛つり上げて舞子の寒日和    熊岡 俊子

 

孫文の偉業のあまた冬灯      林  和子

 

蓬莱や洋館海へ開かるる      吉村 玲子

 

初漁の光あまねき瀬戸の海     藤本たける

 

初荷船綺羅に分け入る明石の門   前田 容宏

 

掛軸の一文字読めず鏡餅      詫  洋一

 

冬凪の一直線に波しぶき      宮脇 和子

 

寒椿落ちて旧邸彩れり       遠山 俊子

 

祝福の詞も添へて御慶とす     中村 恵美

 

親しくも交はす挨拶松の内     高橋 純子

 

青葉木菟の子アオバズコ

             藤本 たける(H27.7.29寄稿)

 今日、729日の箕面山の青葉木菟の様子です。

いつも望遠鏡を三脚に据えて、誰にでも見せてあげるお爺さんによれば、寝ずの番をしている青葉木菟に名前を付けたのだそうで、雄を「太郎」といい雌を「花子」というらしい。ずーっとそのように呼びかけていたから、近頃は太郎と呼ぶと反応するんや、そうだ。忍耐と努力のたまものと言えましょうか。忍耐は、木菟ちゃんの我慢のことですけれど。努力はお爺さんのものです。

 さて今日ですが、ずーっと同じ木菟ちゃんと思っていた一羽でしたが、このお爺さんが、あれは子供やで、と教えてくれた。写真を拡大して眺めてみたらホント、毛並も表情もなんとなく幼い感じがするではないですか。そういえば垂れ目のようでもあるなあ。

この子には僕が名前を付けてやろう! 「アオバズコ」って名前はどうだ? 東欧のどこかの国のサッカー選手みたいで、いい名前じゃないですか、ねえ。アオバズコが世間に姿を見せるということは、旅立ちが近いということだ。南の国に帰ってゆくってことだ。いやここで生まれたアオバズコは、帰るのじゃなく渡ってゆくってことか。いずれにしても、別れは近いのだ……。夏が終わるのだ。 

                                    


七月十四日の……。                           藤本たける(H.27.7.17寄稿)


 青葉木菟をみてきました。今朝はめずらしくご夫婦そろって巣を護っていました。だけど二羽のあいだは、ずいぶん距離がありました。二羽そろえてカメラに収めようとするとどうしても小さくなります。この写真の向かって左にいるのが雌で、先だってご紹介した木菟ちゃんです。右側のがおそらくご亭主だろうと思われます。この距離からすると二羽の愛は、もう覚めてしまっているのかもしれません。こういう夫婦のことをナットクズクというのでしょうか。今日は文章を無視して、写真を楽しんでください。

 

                                  たける


たおやかに、俳句展示

                        藤本たける (2015/6/5投稿

 

 佳乃主宰がもってらっしゃる俳句教室の一つ、コープカルチャー塚口の「たおやか俳句」ではこのたび、みなさんそれぞれ〝自信の句〟の展示をいたしました。530日(土曜日)と31日(日曜日)の2日間。3月のたおやか句会で練習をした筆書きの短冊をです。ここの各カルチャー教室の「作品展示発表会」に参加させていただいたのです。23回にもなる‘由緒ある展示会’。和紙のちぎり絵や陶芸教室、ステンドグラス、書道、俳句、短歌など30を越す講座が開かれているカルチャーです。

 われらが俳句教室の展示には、パネルだけではなく机をお借りして、円虹誌や月刊『俳句』(kadokawa)などをはじめ主催のお顔写真、そして仲間の谷原恵理子さんがお持ちのエゴの花(めずらしいピンク色)紫陽花を活けて、たおやかな景色に演出されていました。すべて橋本絹子さんのご尽力です。

 来場者は予想以上の(本当に!)数で、閉会間際は「ひきも切らぬ」ありさまで、盛況でした。

 

■作品の紹介をいたします。

 

花ひらくやうに生まれし蝶の翅     佳乃主宰

 

咲き満ちてよりの小暗き八重桜/大いなるものの糧なる春の雨/春浅し窓辺の妻の独り言/薄れゆく逆修の文字や春の雨/久美浜のさ波寄せて風光る/指先に夏あそばせて伎芸天/春浅し真白き産着風に揺れ/古書店の棚に漱石つばくらめ/京の春にはか舞妓にすれちがふ/風よりも速しと思ふつばくらめ/初暦めくりてパリの街の中/なつかしき女のやうな春の雨/あはあはと杏の花の里昏るる/石鹸玉天女のあとを追つて行く  

(パネル展示順)

 

佳乃主宰以下15人の出品、なんだか学生時代の文化祭の感じもして、うれしい2日間でした。

                                 〆


夕方の肌寒い雨の窓辺に、イタリアンパセリの頼りなく瑞々しい緑の花を、ガラスの花瓶にバサっと生けた。野菜特有の可憐な花は、梅雨寒の窓によく似合う気がして、緑色が華奢な感じもいい。

どこにも出かけない一日、私は青やピンク、緑、の花たちに出会う。

遠くの場所へ吟行に行くのも楽しさがあるが、家に引きこもり、小さな庭に自然の色を見つけることも、楽しいなと思う。私の今日という一日は、青、ピンク、緑、そして降り続く雨の色で、なんだかにぎやかになる。

紫陽花のように、明日は陽の色が恋しくなるだろう。

 

紫陽花に秋冷いたる信濃かな 杉田久女

 

紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子

 王子動物園            高橋純子(h.27.4.14)

 今月のうさぎ句会は、王子動物園にお花見を兼ねて吟行に行きました。

 阪急王子公園駅を降り立つと もうそこに桜の花が盛り上がって見えていました。

動物園の扉を入ると満開の桜に出迎えられました。

 俳句で 動物園を一周してみたいと思います。

 

    花屑を敷き詰めてゐる動物園     木村恭子

    初花にレビューのごときフラミンゴ  林和子

    籠の鳥自由の鳥に飛花落花      山田佳乃先生

    水温むあしかのこゑの噎せてをり   高橋純子

    亀鳴くを待ちて兎は眠りをり     森岡喜惠子

    桜散るオランウータン玻璃の恋    奥田友子

    草の蝶翔たせて現るるパンダかな   大谷櫻

    縞馬の眼落花を追うてゐず      吉村玲子

    花屑の水より河馬のあがりけり    安田徳子

    立つたまま眠るペンギン花の昼    中村恵美

    花の雲掬ひて巡る観覧車       酒井八重子

    春愁やたらりと鼻を落とす象     石井ユキヱ

    樟落葉踏みて吟行終りけり      長谷川通子

    慮る帰路の山坂花疲         髙柳しずか

 

桜の下でいただいたお弁当は美味しく、動物たちの姿に癒される一日となりました。

 


化粧の呪縛           

                                     新 家 月子(H27.2.25寄稿)

自慢にならないが、口紅を買ったことがない。他人のお下がり(気に入らなかったとか、)や、海外旅行のお土産で事足りている。私にとって口紅は、とにかく塗っていることに意味がある。つまり、どんな色が自分にピッタリなのかなんて興味がない。そもそも化粧に淡白なので、朝塗ったら、夕方までそのまま、という日々が何年もあった。なにしろ化粧品一式を家の洗面所に置きっぱなしなので、化粧直しができなかった。食事をしたら、口紅は剥げたまま。全然平気だった。今考えると、何とみっともない小娘だったことか。いや、中年になった今でも睫毛の装い方を知らない。そしてアイシャドウは未体験のままだ。周囲に情報を交換する女子が居なかったために、化粧についての知識が乏しいままだ。化粧とは私にとって、何かまだ他人である。

 

化粧とは呪縛に似ている。一度始めたら、おいそれとやめることは出来ない。学生になって、口紅を塗り始めたら、毎朝塗らずにはいられなくなった。社会人になり、眉毛を整えだしたら、少しでも伸びると切らずにはおられなった。そして、眉毛を書きだしたら、書かずに外出ができなくなった。

呪縛はどんどん膨らむ。自分で増やしているのだ。しかし、ただ縛られてばかりではいずれ息切れする。化粧の呪縛が解けないのは、そこに飴と鞭的要素が存在するからだ。

起き抜けの、どうしようもなくだらしの無い、能面のような顔に手を入れる。この上もなく面倒ではあるが、少しずつ整理した“顔“の現れる高揚感と快感は、男には理解できないかもしれない。少なくとも、素顔よりはマシになっていると信じている。しなければならない義務的な行為の中に、女の欲望を満たす快感が伴うのだ。しかし、やはり縛られているので、眉の形が上手く行かなかった日は、一日中、なんだか不本意な時間を送ることになるのも、また事実だ。

 

呪縛の強弱は人それぞれ。宗教にはまるのに似ていなくも無い。友人の出産祝いに駆けつけたところ、病院お仕着せのパジャマを着て、フルメイクで赤子を抱く姿に激しい違和感を感じたことがある。逆に、合コンにボサボサの眉毛で現れた後輩に、絶滅寸前の希少性を認め、その存在を守ってあげたいような気になったことも。

呪縛は自分で自分にかけているだけなので、悲しいかな他人にはどうでも良いことが多々ある。電車でとなりに座っているOLの口紅が剥げていようが、まさに目の前で話している友人がノーメイクでも「今日はそういう気分なのだろう」と思うだけだ。それでも、女は化粧をするという呪縛から抜け出すことはできない。未開の地の首狩族の女たちですら例外はありえない。そもそも化粧とは、建物であれ人であれ表面を繕うということ。人間の場合は異性の視線からより自分を美しく装い、その他大勢の中から選ばれることで、自らの遺伝子をもつ子孫を残そうとするのだ。これを男尊女卑ということなかれ、太古からの生物の道理であり本能でもある。

呪縛から開放されるのは、たまに出現する自然派というほとんど病的なな信仰に転向するか、鏡に映る自分の顔が見えなくなった時ぐらいだろう。

毎日、多量に生産される化粧品と同じく、日々多量の化粧を女たちは落とし、海へ流し続けている。工場排水を海に流すことは悪でも、この事実を非難する話しは聞かない。それくらい化粧の呪縛は女にとって絶対だ。


海岸通

    高橋 純子(h.26.3.13寄稿)

 3月7日(金)うさぎ句会から海岸道近辺の吟行に行ってきました。

 風はまだ寒かったですが、旧居留地の洋館や石造りの建物を眺めながら、メリケンパークへ向かいました。地震の傷痕を残したままのメモリアルパークには外国の方も訪れていました。波上の先にある移民の碑の像は、遙か沖を指さしています。海にはかもめが翔び交い春を知らせています。東岸壁からは川重の造船の大きなドックや、ハーバーランドの大観覧車、出発を待つクルーズ船コンチェルトが見えます。ポートタワーに上がると神戸の海・山・町の絶景が楽しめます。近くのホテルの屋上には素敵な教会がありました。

 潮風に押されながらタワーロードを北へ上がり元町道から中華街に入ると、たちまちに屋台の粽や豚饅の湯気と美味しそうな匂いに包まれます。空腹を我慢して大丸前を通り、プラダのバッグを横目で覗き、又海岸通に戻りました。この通りにある句会場のレストランは、石造りでお部屋もレトロな雰囲気がいっぱいなのです。フレンチのランチコースの華やかさと美味しさに舌鼓を打ち、またデザートの可愛らしさに一瞬、吟行会であることが頭から飛んでしまいました。コーヒーを戴きながら14名の70句が回ります。春らしい神戸の景が沢山詠まれていました。

 楽しい句会も終わり、篠山まで帰る方、博物館のターナー展へ行かれる方、ショッピングを楽しむ方と、それぞれ回転扉を押して、又神戸の町へ散ってゆきました。

サーモンを彩どる皿の春野菜  酒井八重子

居留地の虫とし穴を出でにけり 熊岡 俊子

草青む鎮魂の歩を波止場まで  山田 佳乃

東京弁

             大村 康二

 関西人、特に大阪人にとって東京弁は馴染

めない言葉と感じている人は多いのではない

だろうか。「それはダメだろう」「バッカじゃ

ないの」等々を東京人の切れ味の良いイント

ネーションで言われると、なぜか大阪弁では

対抗しづらく、大阪弁イントネーションの標

準語で少し卑屈に話してしまう。言葉の違い

と分かっているのだが、心の片隅に何かわだ

かまりが残る事もある。

 東京は日本の首都であり、政治や経済の中

枢の役割を果たし、現代における日本のカル

チャーの中核である。そして、東京以外の地

域は「地方」と表現され、東京との格差が図

られる。首都とはそのような所なのだが、特

に日本で2番目の都市とされる大阪は、都市

としてどうしても追い越すことのできない東

京に対抗心を抱いているという素地があるた

めか、東京人の歯切れが良く少し冷たく感じ

る言葉に抵抗を感じるのではないだろうか。

 演歌歌手の天童よしみに「とんぼり人情」

という歌がある。その中に

 負けたらあかんで東京に

 冷めとないやさしい街や

とんぼり(道頓堀)は

という歌詞がある。私としてはそんなに東京

に対抗心を燃やさなくても良いのにと、この

歌を聴いて思ったのだが、この歌がヒットし

たのは、大阪人の東京に対する想いが反映し

ていたのかも知れない。

 しかし、最近東京弁へのイメージが変わり

つつある。6歳になる私の孫が東京で暮らし

おり、幼児語から男の子の言葉に変わる頃な

ので、顕著に東京弁が出てきた。「おててを

洗いや」と私が言うと「おててじゃないよ手

だよ」と答え、何か失敗すると「やっちゃっ

た」などと可愛く話す。歯切れが良く明るく

感じる言葉なので、可愛さが倍増する。

しかし、孫が大きくなるにつれ、大阪人が

抵抗を感じる東京弁を使うようになるのだと

思うと少し複雑である。